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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)6号 判決 1993年2月24日

東京都板橋区幸町25番8号

原告

株式会社サトーゴーセー

代表者代表取締役

佐藤茂吉

訴訟代理人弁護士

滝井朋子

同弁理士

安達信安

東京都中央区日本橋茅場町二丁目17番5号

被告

株式会社日本バノック

代表者管財人

小林孝一

松野功

東京都千代田区岩本町三丁目4番12号

被告

株式会社トスカ

代表者代表取締役

松野功

被告両名訴訟代理人弁護士

宇井正一

同弁理士

西舘和之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第18893号事件について、平成2年10月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

2  被告ら

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年8月22日に出願した実願昭54-115362号実用新案)を原出願として、昭和58年4月27日、これを特許出願に変更した(特願昭58-73042号)ところ、同出願は、昭和62年7月18日に公告され(特公昭62-33131号)、昭和63年8月10日、特許権設定の登録を受けた(登録第1453467号、以下、その発明を「本件発明」という。)。

被告らは、同年11月1日、特許庁に対し、本件特許の無効審判の請求をし、特許庁は、これを昭和63年審判第18893号事件として審理したうえ、平成2年10月12日、「本件特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年12月12日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

「拡大面を有する頭部と、この頭部の中央部より直交して伸びるフィラメント部と、このフィラメント部の端部に直交し、前記頭部の面に平行して接続された横棒よりなる係止片が複数個頭部の面を平行にして前記横棒より前記フィラメント部の反対方向に伸びる接続部を介して連結棒に一体的に連結された合成樹脂製の係止片群において、前記フィラメントを外力なしではたわむことなく自立する強度に形成し、かつ相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態としたことを特徴とする係止片群」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明の構成要件である「相隣る頭部を互いに接触状態に近い間隔」とした程度について、「実用新案登録出願の当初の明細書に記載されているように、『頭部の厚みAと、相隣る頭部の距離Bとがほぼ等しく、ピッチが2A、2BもしくはA+Bである』ようなものと解すべきであり、この程度の間隔が前記実用新案登録出願時において、金型製作上の制約のもとで、従来のものより著しく近い、短縮されたものになっていると解すべきである。」としたうえ、米国特許第3977050号明細書(以下「引用例」という。)に記載されている係止片群との比較において、頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列することは、引用例において実質的に記載されており、また、相隣る頭部を無接触状態とすることは、引用例の記載及び金型製作上のことから当業者に明らかであり、引用例との相違点である本件発明の構成の総合にも格段の技術的特徴は認められないから、本件発明は引用例発明と実質的に同一であり、特許法123条1項1号の規定に該当し、無効にすべきであると判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、以下のとおり、本件発明の技術範囲を不当に狭く認定し(取消事由1)、反面、引用例の技術範囲を不当に広く認定した結果、本件発明と引用例発明とは実質的に同一であるとの誤った判断をした(同2)ほか、その手続にも以下の違法がある(同3、4)から、取消を免れない。

1  取消事由1(本件発明の技術範囲の認定の誤り)

審決は、本件発明の係止片の「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態とした」構成について、前記のとおり、「頭部の厚みAと、相隣る頭部の距離Bとがほぼ等しく、ピッチが2A、2BもしくはA+Bであるようなものと解すべきであ」ると認定したが、誤りである。

審決のこの認定は、本件発明の特許請求の範囲を適法な補正に基づく明細書の記載に基づかずに、実用新案登録願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「実願原明細書」という。)の記載と実用新案登録出願当時における金型製作上の制約という何ら根拠のない事由によって、本来限りなく0に近い数値を含む相隣る頭部同士の間隔を上記程度のものと誤って認定し、また、本件発明のもう一つの重要な構成要素である「横棒同士を接触状態に近い間隔で配列する」点については認定をしていない判断の遺漏がある。すなわち、本件発明は、従来の係止片群におけるからみを解決するため、相隣る係止片を頭部の厚み未満の可及的に小さい距離に接近して植設する技術思想に立ち、特許請求の範囲の記載にあるとおり、相隣る頭部同士は、無接触でありながら、互いに接触状態に近い間隔で配列されているから、その間隔は、限りなく0に近いものを含んでいる。また、本件発明は、打ち込み不良を解決するため、次の位置にあって接触状態に近い状態で植設された横棒に、前の係止片の打ち込みの際、打込溝への正しいガイドの役割を果たさせるとの技術思想に立ち、相隣る横棒同士の間隔も接触状態に近いものとすることを構成要素としている。

審決は、その技術思想に対する理解を欠いた結果、上記のとおり、本件発明の範囲を正しく認定しなかった。

2  取消事由2(引用例の認定の誤り及び本件発明と引用例発明の同一性認定の誤り)

審決は、引用例について、「引用例の第2図に示されている係止片群は、・・第3図と併せてみれば・・頭部、フィラメント、横棒の寸法、それらの相互の間隔について設計図のような正確性はないにしても・・・相隣る頭部、横棒同士の間隔は概略それらの厚さ、太さの程度のものと解される。」とし、本件発明と引用例発明とは実質的に同一であると認定した。

しかしながら、引用例には、上記1記載のような本件発明の技術思想は全く開示されていない。すなわち、引用例に開示されている技術思想は、係止片群製造用の原料合成樹脂の改良に関するものであって、係止片群の形状に関するものではない。

また、審決は引用例の図面を判断の根拠にしているが、その寸法の正確性については疑義があるうえ、仮にこれがその寸法を正確に表現しているものであるとしても、少なくともその横棒が接触状態に近い状態で植設されているとは認められないから、引用例の図面をみても、当業者が係止片群の絡み防止と打ち込み不良問題を解決する技術を開示しているものと想到することはできない。

審決は引用例の開示する技術事項について誤った認定をした結果、本件発明が引用例発明と実質的に同一であると誤って判断した。

3  取消事由3(審判手続の違法)

審決は、当事者双方が本件発明について特許法29条2項の容易想到性を問題としているのに、改めて拒絶理由の通知をせず、当事者に何ら主張立証の機会を与えることなく、引用例発明との同一性を認定して本件特許を無効とした。

また、審決で本件発明の技術範囲を限定的に解釈する重要な根拠とされた実用新案登録出願当時の金型製作技術上の制約という点について、審判手続上、原告に対し、一度も主張立証の機会を与えなかった。

本件審決には、争点としての当事者双方の共通の前提を無視し、原告の攻撃防御の機会を不当に奪った手続上の違法がある。

4  取消事由4(禁反言ないし信義則違反)

被告らは、昭和34年以来、原告と実質的に共同事業関係を継続してきたものであり、原告が本件特許の対象技術を開発したことと実用新案登録出願をしたことを知悉していたところ、その後、原告代理人であった弁理士と共謀の上、本件発明と実質的に同一の技術につき実用新案登録出願をし、その技術が新規性、進歩性ある技術であると主張してきたものである。

ところが、これが拒絶査定されるや、実質的にこれと同一の先願である本件発明につき、公知であるなどと権利要件不備の主張をし、無効審判の請求をしているものであって、被告らの審判請求行為は、禁反言の法理ないし信義則に照らし、許されないものといわなければならない。

第4  被告らの主張

以下のとおり、本件審決の認定判断に違法事由はなく、また、手続的違法事由も存しない。

1  取消事由1について

審決は、本件発明の技術事項を、相隣る係止片の頭部及び横棒同士の各間隔を可及的に小とするものであると正当に認定しており、原告主張の違法はない。

本件特許は、もともと実用新案登録出願から特許出願への変更出願であるから、本件発明の構成要件は実願原明細書に記載された事項の範囲内のものでなければならないところ、同明細書においては、頭部と相隣る頭部の間隔ないし係止片間のピッチにつき、上記審決の認定のとおりに記載され、これが限りなく0に近いものを含むとするような思想は全く記載されていない。

本件発明の特許請求の範囲には、相隣る頭部の間隔及び横棒同士の間隔が「接触状態に近い」ことを述べているのみであり、その間隔の上限及び下限がどの程度か、また、頭部の間隔と横棒の間隔との関係がどのようなものであるかについては何らの記載がなく、これらの間隔がどのような範囲内になければならないかは極めて不明瞭である。頭部同士の間隔については、本件特許公報に示されている第2図のように、かなりの間隔を置いて明瞭に離間しているものも「互いに接触状態に近い」範囲に包含されるものであり、また、実願原明細書には横棒同士の間隔に関する記載は全くなかったことからすれば、横棒同士の間隔についても本件特許公報第2図に示されるような程度のものを含む極めてあいまいで、かつ、頭部の間隔に伴って定まる程度のものといわなければならない。

また、機械工作を伴うこの種の技術分野では、もともと頭部及び横棒同士の間隔が無限に0に近い数値ではあり得ず、発明を実施するためには、金型製作技術上の制約として、自ずから一定間隔を有することは避けられないから、この点を根拠にした審決の認定は、極めて妥当なものである。

原告は、審決が横棒同士の間隔について認定していないと主張するが、前記のとおり、審決は実願原明細書の記載や工作技術上の制約をも考慮して、ピッチの間隔について合理的に認定しており、これにより、頭部の間隔の設定に伴って定まる程度の横棒同士の間隔も当然に定まるのであるから、何らの判断遺脱はない。

2  同2について

審決の引用例の技術事項の認定にも原告主張の違法はない。

明細書における図面は、ある目的を達するための具体的構成を示しているのであるから、本件特許公報の第2図に示された実施態様の構成が本件発明の要件を具備するものであり、「相隣る頭部及び横棒同士を接触状態に近い間隔で配列する」との要件が、上記1に記載した実願原明細書の範囲内にある限り、この要件が引用例の第2図及び第3図に示されていることに疑いの余地はない。すなわち、引用例の図面には、相隣る頭部同士を接触状態に近い間隔で配列し、かつ無接触状態としたものが示されており、また、横棒の間隔も本件発明の第2図のそれと異なるところのないものが示されているから、本件発明と同一のものが図示されている。

原告は、引用例には、横棒同士を互いに接触状態に近い間隔とする技術思想が示されていないと主張するが、横棒同士の間隔が両図面で若干異なるとしても、その間隔は、上記1のとおり、頭部の間隔に伴って定まる程度のあいまいなものであり、その上限、下限値ともに規定されていないから、本件発明における横棒同士の間隔が引用例図面に記載されているものを含まないとする根拠はない。

また、原告は、引用例には、本件発明の作用効果の一つである横棒間隔をできるだけ狭くすることによる打込み不良防止という技術思想が含まれていないと主張する。

しかし、横棒同士が密接しなければ打込み不良になるとか、密接すれば打込みを良好にするとかは一義的にはいえず、要は、一定の技術との妥協であって、引用例にかかる目的がないということはできない。また、本件公報の第2図と引用例図面における程度の間隔の差異が原告主張の技術的相違をもたらすものとは考え難い。

もともと、頭部及び横棒同士の近接性は、係止片群において公知であるという技術前提があり、かかる前提の下で引用例の図面をみるならば、当業者においてこれが本願発明と同一であると判断するのが当然である。上記技術前提が当業者にとって公知であったことは、引用例のほかにも、例えば昭和49年9月27日公告の乙第1号証の第4図等に同技術思想が示されていることからも明らかである。

3  同3について

当該発明が容易に発明できたかどうかの進歩性判断は、当該発明が公知刊行物記載の発明と同一であるか否かという同一性判断を前提とするものであるから、審判過程において公知文献が示され、これに対する弁明の機会を与えられている以上、同一性判断を理由とする特許無効の判断をしても何ら違法ではない。

審判において、原告は、引用例を示された上、これに対する答弁の機会を与えられ、現に引用例における技術思想について主張しているから、本件審決は不意打ちには当たらず、手続上の違法はない。

また、金型製作上の制約については、原告の出願した実願原明細書に「ピッチPは金型製作上の問題がなければ、前記より小さい値でもよい」との記載があり、審決はこの記載に配慮し、かつ、上記1の技術常識を考慮して判断理由としたものであり、この点についても何らの不意打ちもない。

4  同4について

原告の取消事由4の主張は、当審における新たな主張であるのみならず、被告らが無効審判請求をすることが許されないとする法的主張とはなりえないものであって、失当である。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録を引用する(書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  当事者間に争いのない本件発明の要旨によれば、その「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態としたこと」との要件の「接触状態に近い間隔」及び「無接触状態」につき、何らの限定がないことが認められるから、本件発明の頭部及び横棒同士の間隔がどの程度のものであるかは、本件発明の要旨において一義的に確定されていない。

そこで、甲第2号証により認められる本件明細書及び図面(以下「本件明細書」という。)をみると、本件発明の相隣る頭部及び横棒同士の間隔に関し、発明の詳細な説明として、以下の記載があり、それ以外に特段の記載はないことが認められる。

<1> 「本発明は、・・・前記フィラメントを外力なしではたわむことなく自立する強度に形成し、かつ相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態としたことを特徴とする係止片群である。」(甲第2号証3欄43行~4欄10行)。

<2> 「第2図に示されるように、相隣る係止片の頭部1及び横棒3の間隔はできるだけ最小の間隔に配列し、しかも相隣る頭部1同士は無接触状態に維持される。すなわち、各頭部1及び各横棒3の厚さAより相隣る相互間の距離(すなわち間隔)Bはできるだけ小さくし、ピッチP(係止片間の距離)は2A近くとし、互いに接触しない状態とする。」(同4欄27~34行)。

<3> 「仮想線で示した係止片T’とT1は、従来の係止片の配列状態を示すもので、頭部間距離B’は1.2~1.6mmで、ピッチP’は1.9~2.3mm程度であったが、このような従来の疎な配列の係止片群に対して、本発明の係止片群は、頭部1及び横棒3の各相互の間隔をできる限り小さくし、金型製作が許される範囲で最小にする。」(同4欄35~41行)。

<4> 「従って本発明では、相隣る係止片Tの頭部1及び横棒3の各間隔が極めて小であり、かつ頭部1同士も無接触状態にあるから、係止片の打込みに際して残っている相隣る係止片Tの頭部1及び横棒3がガイドの役目をすると同時に、打込まれる係止片Tの横棒3は円滑にガイド針方向に一致した位置に保たれ、打込みは正確に支障なく行われ、品質を損なうことがない。」(同4欄42行~5欄5行)。

<5> 「本考案(本発明の誤記と認める。)の係止片の間隔は従来品よりはるかに狭く」(同5欄11~12行)。

<6> 「本発明の実施に当たっては、第1図に示す如くピッチPが従来のピッチP’より著しく小さい関係上、密接な金型が必要であるが、」(同5欄31~33行)。

<7> 「本発明の係止片群は、相隣る頭部及び横棒の間隔が小さく、打込みの際に残っている相隣る係止片の頭部及び横棒がガイドの役目をし、打込まれる係止片の位置を円滑に正しく保持し、打込み作業を正確かつ円滑に行うことができる。」(同5欄35~40行)。

<8> 「本発明の係止片群は、フィラメント部が接近して配列された状態となるので、係止片同士の絡みが極度に減少し・・」(同5欄41~43行)。

<9> 「係止片群は密集しているので、全体としてまとまりがよく、打込まれる係止片は、次に打込まれる係止片の頭部が一種の案内面となって横方向に逸脱することがなく、確実に取付装置の先端に設けた針の部分まで送り込むことができる。」(同6欄13~18行)。

<10> 「本発明の係止片群においては頭部が密集しているので・・」(同6欄27~28行)。

以上の記載に加え、第2図には、上記<2>、<3>の説明に関連して、従来例として、係止片T’とT1との間隔B’が頭部の厚みAよりも大きいものと、本件実施例として係止片の頭部同士の間隔Bが係止片の厚さAと同程度の間隔をもって植設され、横棒の厚み(径)が頭部の厚みにほぼ等しいものが同一の図面として合成図示されている。

そうすると、本件明細書の記載をみても、上記<2>、<3>の記載と、実施例を示す第2図以外には、本件発明の頭部及び横棒同士の間隔について、これを特定する手掛かりとなるような具体的記載はなく、その他の記載は、係止片群が密集していることを抽象的に指摘する記載に止まるものといえる。

そこで、上記<2>、<3>と第2図によって、上記の間隔の程度を検討すると、係止片間の距離であるピッチP、頭部の厚さA及び相隣る頭部同士の間隔Bとの間には、P=1/2A+B+1/2Aすなわち、P=A+Bの関係が成立することは第2図から自明の事項であるから、<2>の記載の「頭部1及び横棒3の間隔はできるだけ最小の間隔に配列し」及び「各頭部1及び各横棒3の厚さAより相隣る相互間の距離(すなわち間隔)Bはできるだけ小さくし」の意味は、これに続く「ピッチP(係止片間の距離)は2A近くとし」との記載の関係で頭部間の間隔Bが頭部の厚さAに近い間隔となることを許容する意味であると認められる。また、上記<3>によれば、従来の頭部間距離B’が1.2~1.6mm及び係止片間のピッチP’が1.9~2.3mmのものを「疎な配列」と規定するものの、本件発明の間隔については金型製作が許される範囲で最小にすると述べるのみであって、B及びPを上記従来の間隔よりも小さくすることだけが記載されているに止まる。

そして、相隣る横棒同士の間隔については、頭部同士の間隔に付随して論述する記載があるのみであり、横棒の厚みと頭部の厚みの関係、横棒同士の間隔ないし横棒の中心から相隣る横棒の中心までのピッチについて何らの記載も認められない。

(2)  以上の検討によれば、本件発明の要旨とする「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し」の「接触状態に近い間隔」とは、本願明細書の第2図に図示されている程度の頭部同士の間隔Bが頭部の厚さAにほぼ等しい間隔を含むものとして規定されていることが明らかである。そして、このようにBとAとほぼ等しいとすると、前示のとおり、係止片間の距離、ピッチPはA+Bであるから、P=2A又はP=2Bと書き表すことができることになる。したがって、審決が引用例との同一性判断の前提として、「本件発明における、相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列したことの意義は、・・頭部の厚みAと、相隣る頭部の距離Bとがほぼ等しく、ピッチが2A、2Bであるようにすることであり」と認定したこと(別添審決書写し19頁16行~20頁2行)は、本件発明がこのような間隔のものを含むという意味において誤っているとはいえない。

審決は、上記認定に続き「この程度の距離Bが金型の制約上不可避であり、」と述べているが、審決の上記認定は、「金型の制約」を根拠に入れなくても、本件発明の要旨及び本件明細書の記載から導き出されるものであること上記のとおりであるから、「金型の制約」が根拠のない事由とする原告の主張をもって、審決の認定を誤りであるとすることはできない。

原告は、審決が横棒の間隔について何らの認定をしていないと主張するが、審決の上記認定は、横棒同士の間隔を含めて検討判断していることがその説示自体から明らかであるほか、審決は引用例の図面における係止片群の横棒の寸法、相隣る横棒同士の間隔が概略図示されたとおりのものと認定したうえ、本件発明における横棒同士の間隔と比較し(審決書写し19頁7~15行)、「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列することは、引用例において実質的に記載されている」との判断に達したものであって(同20頁5~7行)、その判断に原告主張の遺脱はない。

また、本件発明における「接触状態に近い間隔」とは限りなく0に近いものを含んでいるとの原告主張を仮に肯認しても、その間隔が頭部の厚さに近い態様のものを本件発明がその要旨として含む以上、この態様のものを本件発明の係止片群として取り上げ、引用例に示された係止片群と対比することに何らの誤りはない。

原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同2について

甲第4号証によると、引用例の第1~第3図には、頭部が円筒形であり、比較的長めのフィラメントを有し、頭部と同方向でロッドと垂直に伸びる円筒形の横棒を有し、相隣る頭部の間隔が頭部の直径に比較して小さく、また相隣る横棒同士の間隔も、横棒の直径と同程度ないしこれより幾分小さいフアスナ組立体が示されている。

原告は、同図面の正確性につき、疑義がある旨主張する。確かに願書添付図面の本来の役割からすると、これに設計図のような正確性は要求されていない。しかしながら、図面の簡単な説明の「第1図は本発明に係わるファスナ組立体の拡大して見た端面図、第2図はその一部をはがし取ったファスナ組立体の側面図、また第3図は該横棒が互いに平行に配列されており、そうしてロッドに垂直であることを示した第2図の3-3の線に沿って切った断面図である。」(同訳文13頁6~12行)との記載及び上記各図面の外観自体からすると、フアスナ組立体のフアスナの植設状況、頭部及び横棒の厚さ及び隣同士の間隔を示す側面図である第2図は、第3図の断面図の元図として切断箇所の記載がなされるなど、第5、第6図の使用状況説明と比較して、詳細かつ正確なものと認めるに足りる。

そして、上記1認定のとおり、本件発明の頭部及び横棒同士の間隔は、頭部の厚さにほぼ等しいものを含むものであるから、引用例の第2図のものが本件発明と実質的に同一であることは明らかである。

原告は、引用例には本件発明の技術思想は開示されていないというが、上記認定を前提とする以上、引用例には、主観的にはともかく、客観的には、本件発明の技術思想及び構成がすでに実現され、開示されていることになるから、本件発明を引用例の第2図に示されたものと別個の発明とし、これに新規性を認めることはできない。

原告の取消事由2の主張は、理由がない。

3  同3について

本件審判事件において、審判請求人(被告ら)が本件特許の無効事由として、特許法29条2項違反を主張していたが、審決は、職権により同条1項1号違反に基づく無効理由を採用し、この無効理由を審判被請求人(原告)に改めて通知しなかったことは原告主張のとおりである(別添審決書写し3頁7行~4頁15行、20頁20行~21頁8行)。

しかしながら、審決は、その記載(別添審決書写し16頁14行~20頁15行)から明らかなとおり、審判請求人が引用した公知技術を示す文献の一つである引用例に基づき、そこに記載された発明と本件発明とを対比し、3点で相違するとしたうえで、各相違点につき、格別の技術的特徴は認められず、その構成の総合にも格段の技術的特徴は認められないとし、これを根拠に、本件発明と引用例記載の発明とが「実質的に」同一であるとの判断を行っているものである。すなわち、審決は、その審理の過程において実質的に進歩性の判断を行い、その不存在を「実質的同一」と表現していることが明らかであるから、結局、審判請求人が主張し、これに対して審判被請求人が反論した本件審判事件における争点に即した判断をしていることになる。このことからすると、本件の場合は、改めて拒絶理由の通知をしなくとも、審判当事者に不利益を与えることがない場合に該当するものというべきであり、これを審決の瑕疵とすることはできない。

また、原告は、何ら立証の機会を与えられなかった金型製作上の制約を理由として審決がなされた違法を主張するが、上記のとおり、金型製作上の制約は、元々、本件発明の要旨認定に関係しないことがらであるから、この点をもって、審決を取り消すべき違法とすることはできない。

原告の取消事由3の主張も理由がない。

4  同4について

原告が主張する被告の禁反言ないし信義則違反の点は、審判手続において原告が主張しなかった事由であることは、審決書の記載及び弁論の全趣旨に照らし明らかである。したがって、本訴において、もはやこれを理由に審判請求の無効を主張することは許されない。

のみならず、乙第2号証によれば、本件紛争の発端は、被告らが第三者製造に係る係止片群を販売したことが本件特許の侵害に当たるとして、原告が被告らに対し、その販売中止を求めたことにあり、本件無効審判請求は、この原告の行為に対する対抗策としてなされたことが認められる。そうとすれば、甲第5号証によって認められる被告ら両名が実用新案登録出願をした考案が、本件発明と同一であるか否かはさておき、被告らの本件無効審判請求行為をもって直ちに禁反言ないし信義則違反の行為ということはできない。

原告の取消事由4の主張も理由がない。

5  以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

昭和63年審判第18893号

審決

東京都中央区日本橋茅場町2丁目17番5号

請求人 株式会社 日本バノック

東京都千代田区岩本町3丁目4番12号

請求人 株式会社 トスカ

東京都港区虎ノ門一丁目8番10号 静光虎ノ門ビル

代理人弁理士 青木朗

東京都港区虎ノ門一丁目8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所

代理人弁理士 西舘和之

東京都港区虎ノ門一丁目8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所

代理人弁理士 石田敬

東京都港区虎ノ門一丁目8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所

代理人弁理士 山口昭之

東京都港区虎ノ門1-8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所

代理人弁理士 西山雅也

東京都板橋区幸町25番8号

被請求人 株式会社 サトーゴーセー

東京都千代田区五番町2番地4 カサ・ド・タク20A号

代理人弁理士 安達信安

上記当事者間の特許第1453467号発明「係止片群」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1453467号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ、本件特許第1453467号は、昭和54年8月22日に出願された実願昭54-115362号が昭和58年4月27日に特願昭58-73042号に変更されたものに係り、拒絶査定に対する審判(昭和60年審判第19435号)において、昭和62年7月18日に出願公告され、昭和63年5月26日に原査定を取消す、本願の発明は、特許をすべきものとするとの審決が、なされ、昭和63年8月10日に特許権の設定の登録がなされたものであり、その発明(以下、本件発明という)の要旨は、特許明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの「拡大面を有する頭部と、この頭部の中央部より直交して伸びるフィラメント部と、このフィラメント部の端部に直交し、前記頭部の面に並行して接続された横棒よりなる係止片が複数個頭部の面を並行にして前記横棒より前記フィラメント部の反対方向に伸びる接続部を介して連結棒に一体的に連結された合成樹脂製の係止片群において、前記フィラメントを外力なしではたわむことなく自立する強度に形成し、かつ相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態としたことを特徴とする係止片群」

にあるものと認める。

Ⅱ、これに対して、請求人は、本件特許は無効にされるべきものである旨主張し、甲第1~8各号証を提出して、概要を次のように述べている。

<1>本件発明の構成要件のうち、「前記フィラメントは外力なしではたわむことなく自立する強度に形成したこと」、「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列したこと」、「相隣る頭部を無接触状態としたこと」は、実願昭54-115362号の原明細書に根拠を有しておらず、出願の変更後の特願昭58-73042号は、特許法第46条第1項の規定の適用を受けることのできないものであり、その出願日は、現実の出願日である昭和58年4月27日とされなければならない。

<2>出願日が昭和58年4月27日であれば、本件発明は、甲第1および3~8各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって、本件特許は、同法第123条第1項の規定により無効にされるべきものである。

<3>出願日が原実用新案登録出願の出願日である昭和54年8月22日であるとしても、本件発明は、甲第3~7各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって、本件特許は、同法第123条第1項の規定により無効にされるべきものである。

一方、被請求人は、本件特許は無効にされるべきものではない旨主張し、乙第1~21各号証を提出して、概要次のように述べている。

<1>「フィラメントを外力なしではたわむことなく自立する強度に形成したこと」は、実用新案登録出願時の原明細書には記載されていないが、この点は、係止片のフィラメントが本来有する性質として当業者に知られている事項を単に記載したものであり、また「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列したこと」、「相隣る頭部を無接触状態としたこと」は、実用新案登録出願時の原明細書の記載に基づいたものであるから、特願昭58-73042号は、特許法第46条第1項の規定による出願であって、その出願日は、原実用新案登録出願の出願日である昭和54年8月22日にて及するものである。

<2>本件発明は、甲第3~7各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第123条第1項第1号の規定に該当せず、無効にされるべきものではない。

Ⅲ、甲第1号証として引用されたマイクロフィルムに係る本件特許の原実用新案登録出願である実願昭54-115362号の願書に最初に添付した明細書および図面、並びに実開昭56-32864号公報には、「……本考案においては、連結棒5に接続された係止片Tのピッチを著しく小さくしたことに特徴がある。……頭部1の厚みAと、相隣る頭部1の距離Bとほぼ等しい値とし、ピッチpは2Aあるいは2BもしくはA+Bである。ピッチpは金型製作上の問題がなければ前記より小さい値でもよい。具体的な数値で示せば、頭部1の厚みAを0.7mmとすると、頭部間の拒離Bも0.6~0.8mm好ましくは0.7mmで、ピッチpは1.4mm前後とする。……従来の疎な配列の係止片群に対して本考案の係止片は密集状態で成形されており、特に頭部間隔Bが著しく短縮されている」(明細書第4頁第11行~第5頁第10行)旨記載されている。

甲第2号証として引用された特開昭58-193581号公報は、本件の特願昭58-73042号の出願当初の明細書および図面が公開されたものであって、係止片に関しては、「係止片群は、フィラメントが外力なしではたわむことなく自立しうる強度に形成され、また相隣る頭部が頭部の厚みに近似する値以下の間隔に配列される」、「本考案の係止片の間隔は従来品よりはるかに狭く、またフィラメントがたわむことなく自立しているので係止片群の頭部がフィラメント間に入り込むことは皆無に近い」旨記載されている。

甲第3号証として引用された特開昭47-19800号公報には、商品ラベル係止具に関して、「紐状部2には横棒1が自立的に直立するだけの弾性を与える必要がある」旨記載されている。

甲第4号証として引用された米国特許第3977050号明細書(1976年8月31日特許)には、第4欄第20~26行において「装置20は相互に連結されて係止片群22となる係止片21を用いる。各係止片21はフィラメント部27によって接合された横棒25および頭部26を含む。係止片群22は棒22’と、それぞれの横棒25と棒22’とを連結する個々の接続部28とを含む。」旨記載され、各係止片21、係止片群がそれぞれ第1図、第2図に示されている。

甲第5号証として引用された特公昭47-38236号公報には、「糸条部1、左右両端部2、3よりなる、合成樹脂で一体的に成形された紐体4」について記載され、この紐体を横杆8に多数連接した素材ブロック7が第4図に示されている。

甲第6号証として引用された意匠登録第287273号公報(昭和43年10月29日発行)には、値札取付クリップの形状が、正面図、平面図、底面図として示され、甲第7号証として引用された特公昭52-20240号公報には、「貫通部分2と、拡大部分4と、両部分を結合する細長い区分材6とからなる取付具を部材8に結合し、拡大部分間に介在してそれらを結合する固定部材22を備えたクリップ」について記載され、また甲第8号証として引用された実開昭57-51975号公報ならびに実願昭55-128453号の願書に最初に添付された明細書および図面には、「連結棒5上に連結部4を介して係止片が多数櫛状に直交して立設され、係止片は頭部1と、横棒2と、頭部1と横棒2との間を結ぶフィラメント部3で構成され、係止片の頭部1の間隔がこの頭部1の厚みより小さい拒離に選定されている」係止片群について記載されている。

被請求人が提出した乙第1号証は、係止片群Us-Pin、Ux-Pin、S-Pin、X-Pinについての請求人の株式会社日本バノック発行に係る昭和63年2月現在のカタログの写しであり、乙第2号証は同請求人発行に係るU-pinについてのちらしの写しであり、乙第3号証の1、乙第3号証の2、乙第第3号証の3はそれぞれ実願昭55-128453号(甲第8号証)に対する拒絶理由通知書、拒絶査定謄本、実用新案法第41条の規定により準用する特許法第161条の4第3項の規定に基づく報告書の写しである。乙第4号証として引用された、被請求人の照会に対する同請求人の昭和63年8月15日付回答書には、本件の異議申立関係の資料を入手した経緯についての同請求人の見解が示され、乙第5号証として引用された、株式会社東京スタイル(被請求人は請求人株式会社トスカの前身であると述べている)の被請求人株式会社サトーゴーセー的場宛の昭和50年7月期の納品生産通知書、乙第6号証として引用された、請求人株式会社トスカの被請求人株式会社サトーゴーセー宛の昭和52年4月次仕入予定数通知書には、各期における係止片の生産計画数量が記載されている。乙第7号証として引用された実公昭45-5399号公報には、「ラベル主板、下げ紐、係止部を合成樹脂により一体成形し、下げ紐となる部分を成形と同時にまたその直後に2~10倍に延伸した商品ラベル」に関して記載され、乙第8号証として引用された昭和45年3月12日の東京都中小企業技術改善講習会テキストには、ナイロンの成形品を金型を用いて射出成形し延伸する際の問題点等について記載されている。乙第9号証として引用された、本件特許に係る特願昭58-73042号の拒絶査定に対する審判における拒絶理由通知書の拒絶理由には、特開昭47-19800号公報(甲第3号証)に強じん性を有するべくフィラメント部を延伸加工により形成することが示されている旨記載されており、乙第10号証として引用された特許庁編産業別審査基準「可塑物の成形加工(その1)」には、「金型キャビティ内のガスまたは空気を逃がすために、キャビティを構成する壁面をいくつかのピースによるビルトアップ構造とする」旨記載されている。乙第11号証は、本件特許に係る特願昭58-73042号の拒絶査定に対する審判における異議決定謄本の写し、乙第12号証は、同異議決定謄本および審決書謄本の郵便送達報告書の写しであり、乙第13号証は、被請求人代理人による、異議決定の「理由」欄における誤記の訂正依頼書の写しである。乙第14号証の1は、本件特許の原実用新案登録出願である実願昭54-115362号の出願の基となった技術要約保存文書の写しであり、乙第14号証の2、乙第14号証の3は、それぞれ乙第14号証の1の文書を縮尺して、実願昭54-115362号の当初の図面に重ねたものである。乙第15号証として引用された吉藤幸朔著「特許法概説〔第8版〕第218頁には、特許出願における図面の意義について記載され、乙第16号証として引用された工業所有権用語辞典編集委員会編「工業所有権用語辞典<新版>第229頁には、図面の要旨について記載されている。

また、乙第17号証として引用された米国特許第3103666号明細書(1963年9月17日特許)には、係止具とそれを取付ける装置に関する基本的技術について記載され、乙第18号証の1として引用された特公昭60-24009号公報には、「頭部と横棒部とこれらの間を結ぶフィラメント部を合成樹脂によって一体的に成形した取付部片を連結部を介して連結棒に連結し、多数の頭部および横棒部同士が密集配置され、横棒部の中央部から分離可能に連結され、その両端部に向って相隣る横棒との間に隙間が形成されるように肉薄に形成されている取付部片集合体」について記載され、乙第18号証の2として引用された「第67版帝国銀行会社年鑑」第1556頁には、乙第18号証の1に係る特願昭55-125275号の発明者名が記載されている。乙第19号証として引用された日本金型工業会編「プラスチック射出成形用金型設計基準(Ⅰ)(Ⅱ)」第90頁には、金型設計における矩形キャビティの側壁等の強度計算について記載され、乙第20号証として引用された矢部定次著「初学者のための材料力学」第66、67、110各頁には、軟鋼等のボルト、軸継手の設計における直径の計算について記載されている。乙第21号証は被請求人の書簡に対する両請求人の昭和63年7月29日付返信の写しであり、特許異議の決定(乙第11号証)に対する請求人の見解が記載されている。

Ⅳ、本件の特許出願が特許法第46条第1項の規定による出願であるか否かについて検討する。

本件発明の構成要件のうち、「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配置したこと」、「相隣る頭部を無接触状態としたこと」に対応して、実用新案登録出願の当初の明細書(第1号証)においては、「係止片のピッチを著しく小さくした」、「従来の疎な配列の係止片群に対して本考案の係止片は密集状態で形成されており、特に頭部間隔が著しく短縮されている」ことが、記載されているのであり、「密集状態で」と「ピッチを著しく小さくした」というのは、いずれも本件発明における「互いに接触状態に近い間隔で」あるいは「無接触状態とした」に該当するので、これらの構成要件については前記実用新案登録出願の当初の明細書に実質的に記載されていたものと認められる。ただし、「接触状態に近い」程度は、前記実用新案登録出願の当初の明細書に記載されているように、「頭部の厚みAと、相隣る頭部の拒離Bとがほぼ等しく、ピッチが2A、2BもしくはA+Bである」ようなものと解すべきであり、この程度の間隔が前記実用新案登録出願時において、金型製作上の制約のもとで、従来のものより著しく近い、短縮されたものになっていると解すべきである。

また、本件発明の「フィラメントを外力ではたわむことなく自立する強度に形成したこと」という構成要件については、前記実用新案登録出願の当初の明細書には特に記載されていない。しかしながら、係止片は、取付けの際に取付工具によってフィラメントの横棒のつけ根の部分で屈撓せしめられ、取付け後に復元した形状となるようにして用いられることが、乙第17号証、甲第3号証として引用された刊行物に示されているように、周知の事項であり、「外力なしではたわむことなく自立する強度に形成する」のは、係止片のフィラメントが本来具有すべき属性を単に書き加えたにすぎないものである。

それゆえ、本件発明の構成要件は、いずれも前記実用新案登録出願の当初の明細書に記載された事項の範囲内のものである。

また、本件の特願昭58-73042号の出願当初の明細書(甲第2号証)において、「相隣る頭部が頭部の厚みに近似する値以下の間隔に配列される」旨記載されているが、「頭部の厚みに近似する値以下の間隔」というのは、前述したように、実用新案登録出願時における金型製作上の制約を考慮すれば、頭部の厚みAと、相隣る頭部の距離Bとがほぼ等しいとした上で、ピッチpは金型製作上の問題がなければ前記より小さい値でもよい、とする実用新案登録出願の当初の明細書の記載と相容れないものではなく、一方、本件発明の構成要件として、「相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配置したこと」、「相隣る頭部を無接触状態としたこと」は、同様の意味で前述の特許出願の当初の明細書における「相隣る頭部が頭部の厚みに近似する値以下の間隔に配列される」旨の記載に沿ったものである。

それゆえ、本件発明の構成要件は、前記特許出願の当初の明細書に記載された事項の範囲内のものでもある。

したがって、本件の特許出願は、特許法第46条第1項の規定による出願であり、その出願日は、原実用新案登録出願の出願日にそ及する。

Ⅴ、次に本件発明と甲第4号証として引用された米国特許第3977050号明細書(以下、引用例という)に記載された発明とを対比すると、引用例に記載のものにおける「棒22’」は、本件発明における「連結棒」に相当するものであり、また引用例に記載のものにおいて、横棒がフイラメント部の端部に直交し、頭部の面に並行して接続されているとともに、係止片が複数個頭部の面を並行にして横棒よりフィラメント部の反対方向に伸びる接続部分を介して棒22’に一体的に連結されていることは、図面の記載から明らかであり、さらに係止片群は合成樹脂製であるので、本件発明と引用例に記載のものとは、「頭部と、この頭部の中央部より直交して伸びるフィラメント部と、このフィラメント部の端部に直交し、前記頭部の面に並行して接続された横棒よりなる係止片が複数個頭部の面を並行にして前記横棒より前記フィラメント部の反対方向に伸びる接続部を介して連結棒に一体的に連結された合成樹脂製の係止片群」である点で一致し、次の3点で一応相違するものと認められる。

(1)本件発明において、頭部が拡大面を有するのに対し、引用例に記載のものにおいて、頭部が特に拡大面を有するものではない点。

(2)本件発明において、フィラメント部を外力なしではたわむことなく自立する強度に形成しているのに対し、引用例に記載のものにおいてはそのようなフィラメントの性質について定かでない点。

(3)本件発明において、相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列し、かつ相隣る頭部を無接触状態としたのに対し、引用例に記載のものにおいては、この点に関して詳細には定かにされていない点。

Ⅵ、そこで、前記相違点(1)~(3)について検討する。

相違点(1)について

係止片の頭部が拡大面を有するようにするのは、単なる設計的手段にすぎず、必要に応じて随意採用し得ることであり、甲第3号証、甲第5~7各号証として引用された刊行物に記載されたものにおいていずれも頭部が拡大面を有するものであって、この点に何ら格別な技術的特徴は認められない。

相違点(2)について

フィラメントを外力なしではたわむことなく自立する強度に形成することは、本件にかかる特許出願が原実用新案登録出願からの変更出願であるか否かに関連して前述したように、係止片のフィラメントが本来具有すべき属性を示したにすぎず、この点にも何ら格別な技術的特徴は認められない。

相違点(3)について

引用例の第2図に示されている係止片群は第1図のような係止片を多数連接したものであり、フィラメント27は中間部分を省略されている。そして第3図と併せてみれば、第2図の係止片群における係止片の頭部、フィラメント、横棒の寸法、それらの相互の間隔について、設計図のような正確さはないにしても、実際の製品を意識した、一応の配慮がなされているものと解すべきであり、そのことからすれば、第2図における相隣る頭部、横棒同士の間隔は概略それらの厚さ、太さの程度のものと解される.このことは、甲第5号証、甲第6号証として引用された刊行物に記載された例とも符合することである。一方、本件発明における、相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列したことの意義は、原実用新案登録出願の当初の明細書における記載事項に関連して前述したように、頭部の厚みAと、相隣る頭部の距離Bとがほぼ等しく、ピッチが2A、2Bであるようにすることであり、この程度の距離Bが金型の制約上不可避であり、従来のものに比して著しく短いものなのである。

してみれば、相隣る頭部及び横棒同士を互いに接触状態に近い間隔で配列することは、引用例において実質的に記載されていることになり、また、相隣る頭部を無接触状態とすることは、引用例における記載および金型製作上のことから当業者には明らかな事項である。

さらに、前記相違点(1)、(2)、(3)における本件発明の構成の総合にも格段の技術的特徴は認められない。

したがって、本件発明は、引用例に記載された発明と実質的に同一である。

Ⅶ、以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであって、同法第123条第1項第1号の規定に該当し、無効にすべきものである。

なお、本件に関する請求人の無効申立理由は、本件発明が甲第3~7各号証として引用された刊行物に記載のものから容易に発明をすることができたものであるが、容易に発明をすることができたか否かという進歩性の判断においては、本件発明は同刊行物に記載のものと同一であるか否かという同一性の判断が前提となるものであるから、同一性に基づく職権による無効理由は、改めて通知しないこととする。

よって、結論のとおり審決する。

平成2年10月12日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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